自分の常識は相手にとって非常識。成長するための考え方と見かたとは?

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自分の常識は相手にとっては常識ではない。

この考えを持つか、持たないかで、今後の自分の成長や新たなアイディアの発掘に大きく関わってきます。

誰かと話をしていて“それは絶対に違うだろ”って、一度は思ったことありますよね?

 

人それぞれ考え方が違うのは当たり前ですが、『自分の常識は、相手にとって常識ではない』ということを考えられることが、とても重要です。

 

自分にとって常識。でも相手にとっては常識ではない

自分は“常識”だと思っていても、相手にとって“常識ではない”ことが多くあります。

よくある生活の場面で例をあげてみましょう。

 

飲食店にご飯を食べに行き、店が混んでいて持ち時間がありました。

奥にある客席に客はいませんがまだ食器は片付けられておらず、客が入れない状況です。

ある人Aは、「忙しくて仕方ないよね。もう少し待っていよう」

 

ある人Bは、「あの席はもう客いし片付ければ座れるんだから、片付けてもらおう」

 

こんな風に考えると思います。

同じ状況でも考え方が異なれば、この後の行動が異なります。

 

Aの人は、何も言わずに待ち続けます。

 

反対にBの人は、店員に片付けるように言って、客席に座ります。

 

Aの人からしてみれば、Bの人は状況が読めない人だなと思います。

 

Bの人からしてみれば、片付けさえしてもらえば座れるんだから、Aみたいに何も言わずに待っている必要なない。

 

こう思うでしょう。

Aからしてみれば待っていることが常識でも、Bからしてみれば店員に声をかけることが常識です。

 

このように同じ状況でも、考え方が違えば行動は真逆になります。

考え方は、今まで自分が成長してきた過程がベースとなり出来上がったものです。

 

今まで育ってきた環境が異なるため、人それぞれ考え方が違うのは当たり前で、人それぞれ自分の中にある常識という物も違います。

 

そして考え方も違えば、そもそも物事の見かたすら違います。

 

自分と相手は物の見え方が全く違う

例をあげてみましょう。

この画像のカタチは何に見えますか?

丸ですよね。

 

ではこれはどうでしょうか?

円柱ですよね。

 

では、これは?

長方形ですよね。

この3つは一見、カタチが違うように見えますが、実は全て同じカタチをしています。

このように同じものを見ても、少し見かたを変えるだけで全く違うものに変わって見えてしまいます。

 

自分と相手が同じものを見ていたとしても、見かたが違うと全く別物になってしまうため、そもそも考え方が異なるのは当たり前なのです。

 

自分と相手の常識・見かたを同じにする

相手と初めから考え方や見え方が違うので、意見が合わなかったりするのは当たり前ですよね。

 

この状態で相手と話をすれば、相手を否定したり避難するのは当たり前です。

この状態では話どころではありません。

 

相手と話をするときは、相手がどのように物事を見て話をしているのか、どのような考え方を軸に話しをしているのかを考えることが非常に重要です。

相手と常識を同じにするっていると大げさかもしれませんが、同じ見かたでみるといいです。

 

そして相手を否定・避難するということは、相手が考えていることを自分が考えられていないとうことでもあります。

 

否定することもなかにはありますが、それはそれまでの考え方や物の見かたを考える過程を踏んで、自分の中の考えと合わせた結果、“否定する”とう結果になればいいと思います。

 

こうすることで、自分が新たに成長するきっかけにもなりますし、新しいアイディアを生み出すことができるでしょう。

 

『自分の常識は、相手にとって常識ではない。』

最近こんなことを考えながら、私は話すようにしています。

あなたはどうででょうか。

 

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